プロ1年目から大きな経験を積んでいます。心に深く刻まれたあの日の出来事が、岩崎峻典投手に変化を与えました。
履正社高校2年時の夏の甲子園で優勝投手になり、東洋大学でも1年春から登板を重ねてきた実戦派右腕の岩崎投手。ドラフト6巡目指名を受けてホークスに入団し、春季キャンプでは早速A組の実戦で登板機会を得るなど期待値の高い新人投手です。5月25日にはプロ初登板。1回4安打3失点のほろ苦デビューとなりましたが、早い時期に1軍を経験できたことは大きな財産となったはずです。
その後、2軍で再スタートを切った岩崎投手ですが、実は念願だった先発として挑戦することに。本人としては、嬉しい再出発に意気込み、約3週間そこに向けて練習してきました。
6月18日、ウエスタン・リーグのオリックス戦で”先発転向”後初のマウンドに立ちました。しかし、2回3安打4四死球3失点で降板。苦しい結果となりました。

この登板に至るまで何度も取材をしてきたため、試合後も話を聞くべきだと岩崎投手を待ちました。ただ、残念な結果だったので迷いましたが、様子だけでも…と思い、待ってみました。岩崎投手がコーチとの長いミーティングを終えた頃には他の選手も、報道陣も全員引き上げていました。
ノックアウトされるも清々しく語った「野球、楽しかったです」
「話、聞いてもいいですか?でも、今日じゃなくても大丈夫。無理しないで…」。もちろん、話したくない時に無理矢理聞くことはしたくないけれど、当日だからこそ聞ける生の声も絶対にあるはず…。葛藤はありましたが、声を掛けてみると、岩崎投手は「全然大丈夫です。野球、楽しかったですよ」と微笑みました。何だかとても優しい、柔らかい表情でした。ケロッとしているわけでも、打たれて落ち込んでいる感じでもなく、清々しい顔でした。
ノックアウトされた形にはなりましたが、約3週間ぶりの登板は充実感に満ちていました。実はこれまで雨天中止などもあり、先発として投げる予定だった日程が数試合流れていました。投げることに飢えてた右腕は「打たれて悔しいとか、抑えて嬉しいとか最近なかったので、楽しかったです」と頷きました。
そして、登板内容に関しては「もちろん悔しい」と唇を噛み、反省を口にしました。1番は制球に苦労しましたが、登板間隔が空いたことで身体や感覚にもズレは生じていたはず。イニング間のキャッチボールをしてくれた谷川原健太捕手にも助言を求めたり、試合中にももがきましたが、徐々に自信を失っていきました。

熱を込めた喝…「自分、そういうやつ嫌いなんで」
試合後、岩崎投手は奥村政稔3軍ファーム投手コーチに「何投げても打たれる気しかしませんでした」とこぼしたといいます。すると、奥村コーチからは「自分が投げる球、自分が信じられんやったら誰が信じるん?」と喝を入れられました。
(※奥村コーチは主に3軍の投手コーチですが、この時は2軍を担当)
奥村コーチは岩崎投手の投げる姿をどう見ていたのでしょうかーー。
「力はあるんじゃないですか。力はあるけど、熱さがない。バッターと戦っているようには見えなかった。だから『自分とばっかり戦ってたろ?お前、そこどうなんや?』って聞いたんですよ」と奥村コーチ。岩崎投手は「たしかに、そうです」と静かに認めたといいます。
この日の対戦相手はオリックス。1番打者は遠藤成選手でした。「例えば、1番の遠藤は阪神を戦力外になってオリックスに育成で入って、『絶対支配下に戻ってやる』って命がけで人生掛けて戦いよるはずやん?そういう選手と対戦していて、お前に『絶対抑えてやる』って気持ちがなかったら、抑えられるわけないよな?」奥村コーチは熱を込めて岩崎投手に訴えかけました。
この時の岩崎投手とは対照的に、現役時代は気迫のこもった熱い投球スタイルだった奥村コーチ。気持ちを出すことが持ち味だったからこそ、打たれても抑えても感情のないタイプには「自分、そういうやつ嫌いなんで」と素直な思いも口にしました。

浮かんだ涙に「じゃあ大丈夫だ」
「俺、こんだけやってきたんやから、打たれるわけないって思えるくらいじゃないと。それは技術というより、日頃の取り組みやマウンド上での佇まい。野手にコイツのために打ったろう、勝ちつけたろうって思われるようなピッチャーになって欲しいじゃないですか」と続けました。「今のお前はまだそんなピッチャーじゃない」と岩崎投手に現実を突きつけた奥村コーチ。話を聞いている岩崎投手の目には、光るものが浮かんでいたといいます。
2年前まで現役だった奥村コーチは、若鷹の兄貴分として、親身になって日々熱い言葉を掛けます。「結構長いこと話しましたね。途中、岩崎が涙目になって。サバサバしてるし、そういうタイプじゃないと思ってたんですけど、コイツうるっとするくらい悔しさあるんやなって。じゃあ大丈夫だって思いましたね」と微笑みました。
「厳しいことも言ったけど、お前なら絶対やれる!力はあるんやけ、気持ちがついてきたら絶対いい選手になれるけん」
奥村コーチからの言葉を真っ直ぐに受け止めた岩崎投手は「明日から目の色変えて必死こいてやるので、見ていて下さい」と宣言したそうです。
「心に染みました。涙が出そうになりました。(奥村コーチは)熱い男でした」と、取材に応じてくれている時にも岩崎投手は思い出して少しグッときているように映りました。この時の岩崎投手は何だかすごく良い顔をしていました。

悔しさも不甲斐なさも全て含めて「楽しかった」と頷いた右腕。プロ1年目から、間違いなく良い経験をしています。
大学までは「ずっと楽しかった」という野球人生でしたが、プロではその「楽しさ」の形が変わったことを痛感している最中。それでも、野球を楽しむことは自身のモットー。決意を新たにした岩崎投手にとって、この経験がさらに上のステージで野球を”楽しむ”ための糧になるはず。
その後、2軍で3試合に登板し、まだ長いイニングは投げられていませんが、公式戦初勝利を含む2勝。7月15日のオリックス戦では、3回1安打無失点と好投しました。「まだまだ全然です」と納得はしていませんが、1歩ずつ確実に、気持ちも取り組みも変化してきた岩崎投手。
プロの世界で心身共に成長していく姿をこれからも見届けていきたい!そう思える若鷹がまた1人増えました。