「このまま野球人生終わってしまうのかな」――。
そう思ってしまうほど、苦しい日々があった。それでも、彼は乗り越えてきた。「人生の中でこんなに苦しいことに逃げずに向き合えた」という自信が、板東湧梧を強くした。
そこから這い上がってきたんだ。右腕の物語はまだまだ終わらない。終わるわけがない。

覚悟していた”現実”と迷いなく希望する現役続行
10月27日――。
チームが日本シリーズを戦っている真っ只中、板東投手は球団事務所に呼ばれ、来季の契約を結ばない旨を通達されました。
プロ7年目。ここ2シーズン、1軍登板のなかった右腕は、冷静に現実を見ていました。だから、すんなりと受け止めました。
「フェニックス・リーグも”ラスト登板”だと思って投げさせてもらっていたので、いつ(球団事務所に)呼ばれてもおかしくないというか。ずっと心の準備は出来ていたので。(通告を受けたからと言って)自分の中で気持ちはあまり変わらない。前を向いているので。チャンスがあれば、野球やりたいとずっと思っています」
苦しい時間の方が長かったのに、「野球がやりたい」と迷わず思える自分に嬉しくなったといいます。
通告翌日からも変わらず身体を動かし、30日には通い続けたファーム本拠地に再び足を運びました。関係者への挨拶と、現役続行するための練習でした。

2年間、1軍登板のなかった板東投手。今年は2軍で先発ローテーションの一角を担い、ウエスタン・リーグで最優秀防御率と最高勝率のタイトルも獲得しました。それでも、結果に納得することも現状に満足することもありませんでした。
「昨年に比べたら2軍の成績も良かったですし、自分のやるべきことも明確に出来ていたんですけど、なかなか1軍という舞台に繋がらなかった悔しさっていうのはあります」
2軍暮らしが続く中でも、日々試行錯誤を繰り返しました。見ている方からすると、「やりすぎなんじゃないか」と思うほどでした。その取り組む姿勢を見れば、自然と心は動かされました。
しかし、最後まで1軍から声がかかることはありませんでした。それでも、折れることなく板東投手が挑み続けることが出来たのは、”乗り越えられた自信”があったから。

試練を乗り越え生まれた自信と情熱
ホークスでの日々を振り返って、1番印象に残っていること――。
それは、1軍で掴んだ栄光ではなく、最も苦しんだ時間でした。板東投手の心に深く刻まれているのは2024年シーズン終盤の2軍戦。3回途中5失点、4回途中3失点など、先発するも早い回でノックアウト。
「去年のシーズン最後の2試合くらいは、もうこのまま野球人生終わってしまうのかなと思うような試合だったので、すごく記憶に残っていて」
“野球人生の終わり”を覚悟するほどでした。
「苦しかったけど、それを乗り越えたので、自分としては心から成長出来た。人生の中でこんなに苦しいことから逃げずに向き合えたという自信ですかね」
どんなに苦しい1年だったとしても、上手くいかないことの方が断然多かったとしても、板東投手が前を向けたのは、乗り越えられた自信があったから。
さらには、「それがあっても、『まだ出来る』と思えるっていうのが自分の中で成長だなと。気持ちがプツンと切れてもおかしくない状況の中で、自分はまだ野球やりたいんだな、というのが嬉しくて。前向けてるなと思って」とむしろ野球への情熱は増す一方でした。

今が1番、野球が好き
実は根っからの”野球好き”という感じではなかった板東投手。
「あんまり好きじゃなかったんです(笑)小さい頃は大好きでしたけど、高校生の時に現実を見始めて、自分には無理だと思って。高校で力のなさを痛感したんですけど、ピッチャーが居なくて僕が投げざるを得なくなって…。一切プロとか意識してなかったですよ。甲子園の土を踏めただけで満足していました」
鳴門高校で甲子園に出た時の印象が強く残っていたため、意外な言葉でした。10代で悟り、現実的だった右腕に転機が訪れたのは、社会人野球のJR東日本時代。先輩や指導者、周りの人に恵まれたという板東投手は、そこでみるみる成長し、プロへの道が開けたのだといいます。
「みんな僕がここまで来るとは思ってなかったと思いますよ。近しい人ほど。僕は運でここまでこさせてもらったんです」
現実的だった板東少年は、気付けばプロの舞台で全力で夢を追っていました。
そして、思い描いたようなプロ野球生活になっていなくても、悔しくても、苦しくても、年々野球を好きになる自分に気付きました。
板東湧梧は今が1番、野球が好き――。
「技術を突き詰めたいという気持ちです」と向上心は増すばかり。「やれたら嬉しいです」と心から望む現役続行。板東投手に挑み続けられる新たな場所が見つかりますように。
最後に、ファンへの想いを語りました。
「苦しかった時、改めて、本当の意味でありがたさを感じました。ファンの皆さんあってこそ自分たちの職業は成り立つ。苦しくて結果が出ない中でも、こんなに応援して下さる方がいるんだというのが自分の原動力になりました。本当に感謝しています」

苦しんだ分だけ、野球が好きになった不屈の右腕には、応援してくれるファンや仲間がたくさんいます。再びマウンドで輝ける日はきっと来る。いや、彼なら手繰り寄せるはず。選手としても、1人の人間としても深みが増した板東投手が咲かせる花は、絶対に美しいはずです。
板東投手、ホークスでの7年間、本当にありがとうございました。これからも応援しています。
