ベテラン投手が”2軍で抑える”ということを、ここまで深く考えさせられたことはありませんでした。
7月12日のウエスタン・リーグ広島戦(タマスタ筑後)。先発マウンドに上がったのはプロ12年目の又吉克樹投手。思わず「僕も野球人生であそこまでされたことはなかった。ここまでどうにもならんなっていうのは初めてでした」とこぼすような一戦となりました。
初回から若手野手陣のミスが重なり、苦しい展開に。1回、一死2塁で遊撃手のイヒネ イツア選手が悪送球し、先制を許します。今度は一死1、2塁で遊ゴロを二塁手の石見颯真選手が併殺プレーの捕球ミス。2回、3回にも記録に残らないミスや不運な当たりが重なり、又吉投手は3回途中7安打6失点。自責は3ですが、女房役の盛島稜大捕手も「自責0じゃないんですか?」と体感するほどでした。
初回の押し出し四球を与えた後、又吉投手も驚く出来事がありました。なんと松山秀明2軍監督が自らタイムをとり、ベンチからマウンドへと歩いてきたのです。「監督が初回から来るなんてよっぽどなので。え、監督が出てきた!と思ってビックリしました」。プロ12年で初めての出来事でした。

初めて監督がマウンドへ「お前は悪くない」
松山2軍監督にとっても、自らマウンドへ行くのは就任2年目にして初めてのこと。第一声、又吉投手に「お前は悪くない」と語りかけると、若鷹たちに喝を入れました。「お前らどうするんや。死ぬ気で守れよ。お客さんもおるんやぞ」。
「1つのミスが他の選手の人生を変えることがある。それくらい自覚を持ってやらないといけない」と松山2軍監督は言います。「又吉に申し訳ない気持ちで行きました。あれだけ足を引っ張られると、抑えたくてもどうしても難しくなる。若い選手ばかりだから、又吉はかばってくれるけど。それに甘えさせるのもよくないし、僕が出ていくしかないという感じでした」 。監督自らの異例の行動で、何か変化を与えたいという思いでした。
喝を入れたところで「又吉の負けは消えないので」と松山2軍監督が思いやるように、常に結果が求められる立場のベテラン右腕にとっては、状態もここ最近で1番良かっただけに、ショックは大きかったはず。
又吉投手は「そういう時に限ってああいうことも起きるので、なかなか野球って難しい。でも、やれることやった結果なので。甘い球もあったけど、しっかり詰まらせられていたし、自信になったところもある。ただ、0で帰って来たかった…」と唇を噛みました。
雨が降る中の一戦で、厳しいグラウンドコンディションでした。さらに、1軍だったらアウトであろう打球が内野安打になったり、外野手の対応が遅れたりと投手にとって不運も続きました。又吉投手は「野手が動きづらい流れになっていたし、それはピッチャーの責任。初回が普通に終わっていたら、あんなにズルズルいかなかったはず」。野球は流れのスポーツ。成長途中の若手をバックに投げ、抑えることの難しさ、2軍で結果を残すことの難しさを改めて感じる一戦となりました。

どんな状況でも勝負に徹した右腕
初回、味方のミスなどで満塁となった場面、又吉投手は追い込んでから押し出し四球を与えました。ただ、ここで「ストライク取りに行って打たれるのは簡単なんですよ。なんとかこのバッターを打ち取りにいった結果、ストライクかボールかギリギリのところにしっかり投げ切った中での押し出しでした。そこはなげやりにならず冷静に投げられたと思います」と落ち着いて、投手としてやるべきことを貫きました。
「数字だけ見た人にはボコボコやなって思われるかもしれないし、悶々としつつも」と自身の立場を考えるともどかしい成績が刻まれてしまった事実はあるけれど、試合中はマウンドで心を乱すことなく、勝負し続けました。そこには首脳陣も称えるベテランの姿がありました。
ハッとした「お前が悪い」
試合後、明石健志R&Dグループスキルコーチ(打撃)に声を掛けられた又吉投手。「野手が居ないとこに打たせるお前が悪い。ベテランなんだから、『俺がそこに打たせるから、お前らそこ動かんでいいぞ』っていうくらいのレベルじゃないとダメだろ」と言われたそうです。
又吉投手はハッとしました。「たしかに考え方を変えてみれば、どうしたらここに打たせられるかを考えてピッチングしてみたら、それも自分のものになるんじゃないかと思いました。今まで散々守備に甘えてきたので」と頷きました。
「6点目もショートゴロかと思ったら、(二塁ベース寄りに)いなかった。あれも僕がインコースで勝負する以上、『こっちに寄ってて』とか言っておけば良かったのかな」と思い返しました。
そんな話を聞かせて貰っていると、明石スキルコーチが通りがかり、「いや、又吉が悪い!俺はそれしか言わんからな」とニヤリ。又吉投手は「間違いない!抑えられると思ってるから言ってくれてるんだと思うし、言って貰えるうちに自分のレベルを上げるしかない」と気合いを入れました。もう1段階、プロとして進化する絶好の機会だと捉えました。

一方、この試合で最初に失策をしたイヒネ選手は「又吉さんに申し訳ないし、頭上がらないです」と肩を落としていました。内野手がマウンドに集まった時も、申し訳なさからイヒネ選手は一歩下がってしまっていました。

「又吉さん、めっちゃ優しいんですよ。だから心が痛いです。個人的にも昔からずっと声掛けて貰っていて。そういうのもあって、いつも頑張るけど、又吉さんのときは特別頑張りたい気持ちが湧くんです。でも、プレーがついてきていなくて…。又吉さんのとき、自分エラー多いし、キツいです」と重たい口を開いて、思いを語ってくれたイヒネ選手。
又吉投手は「明日もあるから頑張れ」と声を掛けてくれたと言います。その優しさは、後輩に強い決意を抱かせました。
必ず成長してみせるーー。
「まあ、10年後イヒネが名手になってくれたら、その時イジり倒します」とベテランは優しく笑いました。
年齢と共に衰えるのではない。むしろ技術も深く、心も大きく、素敵な選手へと進化し続けているのです。だから、私は又吉投手が再び1軍の舞台で新たな花を咲かせてくれる姿を心待ちにしています。