決して順風満帆ではない。苦しい状況には変わりないけれど、ただ真っ直ぐに光指す先を信じて、ひたむきに突き進んでいます。
「これで道が開けたらもっと説得力が生まれる」
声の主は、プロ7年目の板東湧梧投手。2023年以来、1軍での登板がない右腕は、現在2軍で腕を振り続けています。
2018年ドラフト4位でホークスに入団し、2年目にプロ初勝利。3年目には中継ぎとして44試合に登板し、翌年は先発としてプロ初完封勝利。2023年にはキャリア最多の5勝をマーク。このままチームの中心選手になっていくはずだと期待していましたが、昨季5年ぶりの1軍登板なし。そして、今季も未だ1軍からは声が掛かっていません。
社会人から即戦力としてプロ入りして7年目。1年1年が勝負の年であることは本人が1番分かっているはず。その覚悟は板東投手の日々の練習姿を見ていればヒシヒシと伝わります。これでもか、という程に毎日黙々と自身と向き合っています。
納得も後悔もない前半戦
2軍成績だけを見れば、現在14試合に登板し5勝1敗、防御率2.64。一時は防御率でウエスタン・リーグトップに躍り出ましたが、板東投手は「結果がいいだけで、納得している試合は1試合もないです」とキッパリ。ただ、「逆に後悔もないというか、自分のやるべきことをやり切っての結果なので」と前半戦を振り返りました。
最速154キロ右腕ながら、今季直球の球速は140キロ台前半に留まることも。持ち味の制球力に関しても、板東投手自身、しっくり来ていないと語っていました。「結果的にゲームは作れて抑えられても、1軍というビジョンは誰が見ても浮かばない状態でしたね」と冷静に俯瞰していました。

普段の練習も誰より長く、黙々と取り組んでいました。一通り練習が終わったように見えてからも、再びグラブを持ってネットスローへ。「フォームの部分に明確な課題があるので」とR&Dスタッフにも相談しながら、試行錯誤していました。
ただ、上手くいかなくとも、とにかく挑み続ける板東投手。川越英隆コーディネーター(投手ファーム統括)は「練習をやり込める能力はチームでトップクラスじゃないかな。宮﨑(颯)か板東か」と取り組みの熱意には常に感心しています。

「1番良い鍛錬」の日々
どんな時も黙々と、ひたむきにーー。これだけ苦しい状況が続けば、投げやりになったり、精神的に落ち込んでもおかしくないのに、板東投手からは悲壮感など感じられません。これは本当にすごいことだ思います。
そのことを本人にぶつけてみると、「それは嬉しいですね」と爽やかに笑いました。「たまにどうしても、イライラとか悲壮感とか出ているんじゃないかと思ってしまう時はあって。そういうのはなくしていきたいと思っているんですけど、ゲーム中に出てしまうことがあるので…。でも、それ自体も自分の成長に繋がる、1番いい鍛錬かなと思っているので、そう言って貰えるのは、やれてるんだなと思って嬉しいです」と胸の内を明かしてくれました。
まさに板東投手の努力の賜物です。心のコントロールも意図的に学び、継続的に実践してきたのです。

過去も未来も考えるとしんどいけど…
「僕自身、それで大きくパフォーマンスが上がった時期があったんです」と明かすのは3年前。2軍に降格した時期に、メディテーション(瞑想)を学んだといいます。「いかに目の前のことに集中できるかっていう。過去も未来も考えるとやっぱりしんどいし、引きずられるところがあるけど、そこをいかに断ち切って、目の前のやるべきことに集中するかっていうのは、1番シンプルですけど、難しい。でも、それが出来るとパフォーマンスっていうのが絶対に良くなるというか、安定するので、自分の中で常に意識しています」と板東投手はメンタルの重要性を感じたそうです。
現在は球団の伴メンタルトレーニングコーチが筑後に来た際には、積極的に声を掛けに行く姿を見掛けます。
伴コーチからは毎回学びや気付きを得ているそうですが、特に印象深い出来事がありました。「キャンプの時から、僕が苦しいっていうのを分かって話しかけてくれたんですよ。僕だけの時間を取ってくれて、勉強会みたいなことをやってくれました」とミーティングルームで2人、向き合いました。
“逃げていた”自分の心と向き合った
そこで板東投手に課されたのは、自分が今思っていることを全て書き出してみるということ。まっすぐに自分の心と向き合いました。「自分でも逃げていたというか、思いたくないと思っていたことがあった。でも、思いたくないと思っている時点で、思ってしまっているんですよね。自分に対するもどかしさ、情けなさ。そういうのも全部書き出したら、こんなにたまってたんだなと。結構出てきました。自分で隠していたというか、見せたくない部分っていうのが知らず知らず溜まって、苦しくなって。伴さんが気にかけてくれたということは、それが見た目にも表れてしまっている部分もあったのかもしれないですね」と振り返ります。
この時間は、板東投手にとって非常に大きなものとなりました。「すごくスッキリしたっていうのと、自分の中にこんないろいろな感情が渦巻いているのかというのを、伴さんに整理させて貰えた。声掛けてもらえなかったら出来なかったことですし。改めて自分がやるべきことにフォーカス出来るようになりました」と感謝していました。
やはりメンタル面の影響はプロ野球選手にとって大きい。板東投手も「1番大きいんじゃないですか。そこで挫けていると、そもそもやれていないと思うので」と実感します。

自分がやってきたことが間違いじゃなかったと証明できる”チャンス”
こうして心を整えながら、技術も追い求める板東投手。向上心が高いからこそ、ついつい練習しすぎてしまったり、熱くなり過ぎてしまうこともあるでしょう。しかし、板東投手は冷静に攻めています。
「もちろん、やりすぎて怪我しても本末転倒なので、そこのバランスは自分の中ではとっているつもりです。でも、現状のまま何とかコンディションを合わせてっていうふうにやったとしても道は開けないというか。そこを攻めながら、自分の納得した形、イメージする道筋を辿っていくしかないと思っています」と覚悟が滲みます。
さらに、「これで道が開けたらもっと説得力生まれるというか、自分がやってきたことが間違いじゃなかったと証明できるというか。それが今のモチベーションです」と力強く語りました。
ただでは転ばない。苦しい経験も、這い上がる過程の日々の学びも、全てが今の板東投手を築き上げているのです。
後半戦が始まる前、板東投手は「最初の頃より兆しが見えてきた」と明るい表情を見せました。球速も最速147キロまで出て、前半戦最後の2試合の登板では、悩んできたフォームの部分で手応えを感じていました。「悔しい前半戦があったからこそ、後半戦良くなってきたと思えるように。出来るんじゃないかと期待を持って」と先を見据えました。
人生掛けて本気で戦っているからこそ、板東湧梧という選手が、より深みのあるさらに魅力的な選手になっているように感じます。本人の言うように、「これで道が開けたら」誰もが魅了される存在になるに違いありません。