国境を超えても、愛情たっぷりに野球の縁を繋いでくれることでしょう。
2025年シーズンをもって、福岡ソフトバンクホークスを退団した森山良二さんは、今季から韓国プロ野球のサムスン・ライオンズで2軍監督を務めます。
森山さんは1996年から主にプロ野球の世界で指導者として横浜ベイスターズ(現DeNA)、西武ライオンズ、東北楽天ゴールデンイーグルスでコーチを務めました。2020年シーズンから地元・福岡で1軍投手コーチ、3軍監督、リハビリ担当コーチを歴任しました。
時に優しく、時に厳しい森山さんの愛ある叱咤激励は、選手たちの心に真っ直ぐ響きました。多くの選手に愛された森山さんでしたが、昨年10月にホークス退団が発表されました。
その直後は、リハビリ組の選手たちも意気消沈した様子で、森山さんの存在の大きさを改めて感じました。
森山さん自身も、リハビリコーチとして選手たちを復帰まで見届けたかった思いでいっぱいでしたが、「志半ばというのはあるけど、俺が決められることじゃないからね」と残念そうに語りました。

選手たちのことは「可愛い存在だよ」と目尻を下げます。「俺はこの年齢まで野球に携われているので、出来れば選手として長くやれるように頑張って欲しいね。あとは、人に愛される人間になって欲しいね」とエールを送ります。
「俺はずっとお天道様を見ていられるやつであってくれ、って思っていて。変なことせず堂々と生きていって欲しい。それが1番。何の仕事するにしても、お天道様を見れる人生を歩んで欲しいね」と父親のような顔を覗かせました。

大切に受け継ぐ言葉
森山さんは選手たちを諭す時、格言や熱い言葉で訴えかける姿が印象的でした。
「笑いの治癒力」──。
「笑顔は世界の共通語」──。
リハビリ中、気持ちが落ちてしまう選手も多くいますが、「暗い顔しとったら治るもんも治らんやろ」と日頃から『笑いの治癒力』を唱え、選手たちを鼓舞し、笑顔を引き出していました。
その”信念”は、コーチとして球団史上初のリーグ優勝、日本一を経験した楽天時代に築かれたものでした。
影響を受けたのは、森山さんが1軍投手コーチを務めていた時期に、同じく1軍の外野守備走塁コーチだった米村理さん(現・ショウワコーポレーションGM)。
「めちゃくちゃ明るい人だったんだよ」と慕う米村さんから学んだ言葉を、森山さんは今も胸に刻んでいます。
「『暗い顔しとったらアカンで』って。『笑いの治癒力』も『笑顔は世界の共通語』も米村さんから教えられたのよ。それを受け売りで、今も使ってるよ」と笑った森山さん。

ちなみに、2年間担当したリハビリ組に最後の挨拶に訪れた昨年10月。選手たちに送った言葉は『人間万事塞翁が馬』でした。
人生の幸不幸は予測できないもので、一見不幸に見えることが幸せに、幸せに見えることが不幸に転じることもある、という意味──。長い目で見ることの大切さを教えてくれる言葉です。
選手たちの心の成長を促すために、多くの”格言”を届けてきました。
時に歯に衣着せぬ物言いで、選手たちに喝を入れるのも森山さんの持ち味ですが、”令和世代”にもそれが受け入れられるのは、森山さんの愛情が伝わっていたから。
育成ルーキーたちが「(3軍の)韓国遠征に合わせて頑張ります」と森山さんとの再会を願うと、「何言ってんだ!1軍を目指さないとダメだろ!目標は高く持たないと」と喝を入れました。それだけ慕われているということですが、別れ際まで”森山節”は健在でした。
新たなステージで日韓の”架け橋”に
森山さんの野球人生も、新たなステージへと進みます。韓国での挑戦に「楽しみにしている。どこに行っても野球は変わらないので。若い選手が野球を職業として稼げるような手助けをしたいし、せっかく韓国に行くから、韓国と日本の野球の架け橋みたいなことが出来たらいいなと思うよね。1年でクビになったらいかんから、3年でも5年でも長くやりたいなと思っているよ」と決意を込めました。

1軍から3軍、リハビリ組と数々のカテゴリーで指導にあたった森山さんですが、韓国では2軍監督を務めます。「やっぱり若い人と一緒に汗を流してやるっていうのが楽しいし、幸せだなと思う。歳とってもね。本当は一緒に走りたいけど、走れないから、途中まで一緒に走って、歩いたりして。これからもね」と目尻を下げました。
「これで縁が切れるわけじゃないのでね。また若い子たちをよろしくね」と私にも優しい言葉を掛けてくれた森山さん。
「笑顔は世界の共通語」──。
大切にしてきた言葉と共に、22日に韓国へ渡ります。韓国でももちろん、笑顔を”共通語”にして、たくさんの選手たちを支えていきます。
