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「メンタルはなくなりました」石塚綜一郎が吐露した胸中

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公開日:2026.03.24

心に抱えてきた”無”を静かに語ってくれたのは、石塚綜一郎選手。

今季が7年目の右の長距離砲です。育成5年目の2024年7月に支配下登録されると、1軍で15試合に出場し、プロ初本塁打も放ちました。昨季は24試合の出場でしたが、限られたチャンスに必死に食らいつく姿が印象的でした。

14日に開幕したファーム・リーグ。開幕から3試合無安打で迎えた20日の阪神戦。「4番・一塁」でスタメン出場した石塚選手に、第2打席で待望の一打が!

「詰まったかなと思ったけど、あんなに飛ぶとは思わなかった」という当たりは左中間へぐんぐん伸びていき──。今季初安打は勝ち越しの3ラン本塁打となって、「H」ランプを灯しました。
「やりたいことができたのかなと思います。しっかりまっすぐを打ちにいけたのが良かった」と振り返りました。

昨季は2軍戦54試合に出場し、打率3割5分2厘、4本塁打、31打点。ファームでは毎年貫禄を見せていた男が、まだ3試合とはいえ、無安打が続いたのは意外にも映りましたが、石塚選手の胸中には、モヤモヤしたものが渦巻いていたのです。

「いや、もうヤバかったっすよ。どうしたらいいのかわからないっていうのがあって…」と言いかけ、「こんなこと言っちゃいけないんですけど」と自分を制しました。心の声を口に出していいのか… 少し悩んで続けます。

「僕の中で”わからない”がずっと続いていて。どうしたらいいんだろうなぁって。その日良くなっても、次の日悪くなったりとか全然あったので。気持ち悪い… バッティングが気持ち悪かったです」

キャンプ終盤の実戦が始まって以降、その”気持ち悪い”状態は続いてきました。球の見え方は決して悪くないという中で、「今まで試してきた練習のどれを試しても良くならない。その日にやってみて良くなったことも、次の日にやったら良くなかったり…」と苦しみを吐露します。

1軍で三振が多かったことを改善しようと、打撃をモデルチェンジしてきました。しかし、「それももうダメだってなって、元に戻そうとしたら元に戻らなくて。いい時の感覚、これだけはできると思っていたものすらできなくなってしまった」と、ドツボにはまっていったのです。

そしてついには──。

「メンタルはなくなりました。削りに削り取られて、もうなくなっています」

落ち込むとか、悩むとか、それを通り越した先にまで追い込まれていたのです。

光を目指してバットを振り続ける日々

それでも、その日の“気持ち悪さ”を残したまま1日を終えることはできません。試合後はすぐに室内練習場へ向かい、毎日毎日、納得できるまでバットを振り続けます。

「量をやっているというより、その日を気持ち悪い状態で終わりたくないというのがある。その日のうちに整理して帰りたい、それに時間がかかってしまって量が増えちゃってる感じです」と石塚選手。とにかく目の前の壁を打開しようと、あらゆる手を尽くしていました。

斉藤和巳2軍監督も「石塚は全てに対して一生懸命やるので。ずっと練習出来る選手」と語るほど。落ち込むことも、感じることも削られたまま、ただただ無心でバットを振りました。

光が射した日

1軍の試合がなかった19日、筑後に小久保裕紀監督が視察に訪れました。そこで、それまでヒットが出ていなかった川村友斗選手とともに声をかけられたといいます。

「お前らが打たんと勝たんからな」

教育リーグから負けが込んでいた2軍を、バットで牽引するよう喝を入れられた2人。その言葉が、停滞していた空気を変えたのかもしれません。翌日、川村選手は2安打、石塚選手は本塁打を放ち、共に今季初安打をマーク。その活躍で勝利を呼び込みました。

石塚選手は「なんか変に気持ち悪いですよね、次の日そんなことになるなんて」とハニカミ、翌21日も左安打を放ちました。

「ダイヤモンドより貴重ですよ。どこにあるかわからないです」

自分の中にあったはずの感覚さえ、見失っていた石塚選手。落ち込むことも、感じることも削り取られた“無”の先で、ようやく触れた感覚は、自分を取り戻すきっかけになるかもしれません。

3月20日 3ランを放ちヒーローインタビューを受ける石塚選手

Writer /

yossie(よっしー)

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