プロ1年目、”勝負をかける覚悟”をみせていた育成ルーキーが、肘にメスを入れました。
5月1日、福岡ソフトバンクホークスは、大矢琉晟投手が右肘関節内側側副靭帯損傷にともなう右肘内側側副靭帯インターナルブレース修復術を受けたことを発表しました。
昨秋のドラフト会議で育成3位指名を受け、中京大学から入団した最速155キロ右腕。威力ある直球が魅力の”本格派パワーピッチャー”です。
新人合同自主トレから、支配下で入団した同期の稲川竜汰投手、鈴木豪太投手と3人、同じペースでステップを踏み、アピールをしてきました。ブルペン投球では、支配下の2人に引けを取らない力強い球を投げ込んでいました。

期待感高まる中、初めてのキャンプは宮崎のB組でスタート。ところが、急転直下、大矢投手の姿は2月11日には筑後にありました。
右肘の違和感でリハビリ組に合流。第2クール最終日、大矢投手はトレーナーからストップを掛けられました。翌日オフに病院を受診すると、筑後に帰ることが決まりました。
「あっという間に帰ってくることになったから、同期の2人も帰ったことを知らないくらいでした。翌朝5時に起きて、6時にはタクシーで宿舎を出て空港に。10時にはこっち (佐賀 )の病院にいて、昼には若鷹寮にいました。悲しいというよりは、もう”虚無感”ですね。そんなに酷いのか、と」
状況を整理する間もなく、気が付けばリハビリ組に合流。頭の中は混乱していました。アピールに燃えていた男の気持ちは、こんな形で沈められることになるなんて。”悔しい”という言葉では収まりきれないモヤモヤが渦巻いていました。
離脱を余儀なくされた大矢投手の耳にも、奮闘する同期の活躍は入ってきていました。1軍で戦う同期の姿を、全く気にせずにいることは出来ませんでした。
「自分のペースでやればいいんですけど、最初から2人と一緒のペースでやらせてもらっていたのに、そのままやれなかったことが1番悔しい。2人の投げている姿は目にしますし、チャンスを貰えてることが素直に羨ましい。僕は失敗することさえ出来ないので」
厳しい世界であることは承知の上ですが、同じ”場所”からスタートを切ったことを考えると、「怪我がなかったら──」と思わずにはいられないのも本音でした。より一層、悔しい気持ちも溢れました。
ショッキングな離脱であったことに変わりはありませんが、この時間を悔しいだけには終わらせまいと、自分と向き合いました。
心身ともにレベルアップを図り、一度は5月中の実戦復帰を目指してリハビリを行ってきました。そこから猛アピールし、7月末までの”逆転”での支配下登録を虎視眈々と狙うはずでした。

「ダメだったか…」悔しい決断を大きな目標に
ところが、今月1日に肘にメスを入れました。
右肘関節内側側副靭帯損傷にともなう右肘内側側副靭帯インターナルブレース修復術──。
「やっぱり悔しい気持ちが1番強いですよね。ドラフトで指名される前から、1年目に勝負をかけるつもりでやってきたので。本当に悔しいというのが1番でしたね。『ああ、これだけ今年やるつもりでやってきたけど、ダメだったか…』みたいな感じですね」と大矢投手は手術に踏み切った時の心境を明かします。
それでも、すぐに前を向きました。復帰まで8ヶ月といわれるインターナルブレースは、近年MLBでも徐々に広がってきており、特に早期復帰を目指す若手選手において注目されている治療法の一つです。
「8ヶ月なんてすぐだし。次どうやってその怪我を繰り返さないかっていうのと、やっぱり160キロ投げたいなと思っているので。そこに向かって、もう進んでますね」と笑みを浮かべました。
自己最速155キロの大矢投手は、手術を機に、さらに大きな目標を掲げました。

というのも、「やれる自信がある」から。
大学時代、肘頭の疲労骨折で手術を経験した大矢投手。プロを目指す中での怪我は苦しかったはずですが、その時もリハビリで熱心に身体の強化に取り組みました。
すると、怪我明け最初のブルペンで自己最速を更新したといいます。
悔しさをバネに成長出来ることは、自分が1番知っているのです。
さらに、”修復+インターナルブレース”という術式としては、大矢投手がNPBで3例目。ホークスの熊谷太雅投手が昨年11月にNPB選手として初めて受け、今年4月には横浜DeNAベイスターズの森原康平投手が受けたことでも話題になりました。

大矢投手は、だからこそ”意気”にも感じてもいます。「この手術から復帰して活躍する前例になりたい」と熱く語りました。
前途多難なプロ生活のスタートにはなってしまいましたが、大矢投手に悲壮感はありません。大きなハードルを越えて、最強になって鮮烈デビューしてくれる日を楽しみにしています。
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