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「ずっと意地張ってた」決して弱音を吐かなかった宮里優吾の本音

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公開日:2026.06.26

「いやもう、今年はマジやばかったですね。ずっと痛かった」

今年の”支配下候補”の筆頭かと思われていた右腕は、耐えに耐えてきましたが、無念にもメスを入れました。

育成3年目の宮里優吾投手。昨季は7月までに17試合に登板し、防御率0.48。8月からシーズン終了までは、オイシックス新潟に派遣され、さらに登板を重ねて経験値を上げました。これは球団からの期待の表れでもありました。

宮里投手自身も、一定の手応えを感じた昨季を経て、覚悟を持って挑む3年目でした。

しかし、オフから右肩のコンディションが悪く、C組でキャンプをスタート。なかなか状態が上がらずリハビリ組に。3月末に実戦復帰し、4月には2軍戦で2試合に登板しました。出遅れただけに、ここから巻き返すはずでした。しかし、今度は右肘に違和感が…。6月3日、「右肘関節のクリーニング手術」を受けました。球団からは競技復帰まで2、3ヶ月の見込みと発表されました。

「今年だけで注射も10本くらい打ちました」

打ち明けた衝撃の事実。今年にかける強い覚悟で、ありとあらゆる手を尽くしました。様々な治療を施しましたが、快方には向かいませんでした。

2軍戦2試合目の登板となった4月24日のファーム・リーグ 広島東洋カープ戦。8回のマウンドに上がるも、「2アウトとってから、力入らなくて」と1失点。再び、リハビリ組調整になりました。

「絶対嫌です」と一度は“リハビリ戻り”を固辞。
「腕が折れてもやったろうと思っていたんですけど…ダメでした」と無念の再離脱。

意地でも投げ続ける思いだっただけに、いつも前向きな宮里投手にも、ショックは重くのしかかりました。

「腕振るのが怖かった」…それでも”必達目標”だった支配下登録

アピールできた昨季の経験と自信、今年のチーム状況などを踏まえても、7月末までの支配下入りは宮里投手にとって“必達目標”でした。

周囲からも「期待」というよりも「早く上がらないといけない立場」であるプレッシャーのようなものを感じていました。もちろん、それに応えるつもりでしたが、現実は厳しいものでした。「日常生活でも、風呂に入るのも痛いし、ふとした時に痛みが出る」と、とても本来の力を発揮することが出来る状態ではありませんでした。

「今年はマジで腕振るのが怖かったっていうか。ずっと意地張ってたんですけど、投げれる投げれるって。よくそれで150キロくらい投げていましたよね。いろんな取材で『余裕です』とか言ってたけど、本当はめっちゃ痛かった。しんどかったっすね。でも、弱音言ってらんないし……」

万全ではない中でも、今季の最速は151キロ。気持ちで腕を振っていたのです。

「このままズルズルいっても、パフォーマンス出せないから」と苦渋の決断に傾く中、相談したのは小笠原孝2軍投手コーチ。「小笠原さん、いつも声かけてくれるんです。少し相談したら、『手術するなら、しっかり治せよ。先のことを考えるならやった方がいい』って。1年目、2軍上がった時から、僕みたいなタイプのことも分かってくれるんです」と背中を押されました。

昨年、派遣先の新潟では手応えがありました。「球も速かったし。めちゃくちゃ調子良かった。その時は不安なく投げられていて、あれくらい不安なく投げられれば、っていうのをイメージしたら、手術した方が良いのかなと。今季終盤、ファームでギリギリ投げられるくらいには復帰して、これだけ投げられるっていうの見せて、フェニックス(リーグ)までいけたら…。(判断は)難しい。来年もあるか分からないから賭けですけど…」と自身の立場を考えると、容易い決断ではありませんでした。

「こんな(支配下になる)チャンス、もうないかもしれないけど。手術しないで無理していって、悪い印象残すよりかは、手術してしっかり治して、去年みたいなピッチングが出来れば…」

悔しさを滲ませながらも、自らに言い聞かせるように語りました。

この時期の手術で、今季中の支配下登録は絶望的に──。悔しい気持ちは簡単には拭えませんが、復帰してからの限られた期間で最高のアピールをするためにも、自慢のタフさをこれからのリハビリにぶつけ、前向きに取り組んで欲しい。

Writer /

上杉 あずさ『班長』

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