高校3年の夏以来、約2年ぶりのマウンドが、”プロ初登板”となりました。育成2年目の熊谷太雅投手が7月27日、大分B-リングスとの3軍戦(タマスタ筑後)で実戦デビューを果たしました。
5点リードの7回にマウンドに上がると、先頭から2者連続四球。いきなり無死1、2塁のピンチを迎えるも、三併殺に打ち取りました。続く打者にも四球を許しましたが、5人目の打者の2球目に、自慢のチェンジアップで初の空振りを奪いました。最後は再びチェンジアップで右飛に封じ、1回無安打無失点。制球には苦しみましたが、初めてのマウンドで21球、全力で腕を振りました。
「大友(宗)さんのリードもあったし、野手もゲッツー取ってくれたので、助けられました」と安堵した熊谷投手。思い通りの投球とはいきませんでしたが、「そんなに緊張しないで、結構楽しくやれました」と笑顔で振り返りました。


NPB初のインターナルブレースを経てのリハビリ
2024年の育成ドラフト12位指名を受けて、宮城・東陵高校から入団した熊谷投手。185cmの長身ながらバランスが良く、球速以上のキレを感じさせる、ポテンシャルを秘めた左腕です。
プロ1年目は、左肘靱帯の部分損傷で大事にリハビリ生活を送ってきましたが、昨年11月7日に「左肘内側側副靱帯損傷に対する修復、およびインターナルブレースによる補強術」を受けました。
同補強術を受けたのは、熊谷投手がNPB選手として初めてでした。ルーキーイヤーに、1度もマウンドに立つことなくメスを入れることになりましたが、「(NPB)初なんてカッコイイなと思って!」と前向きに受け止め、真っ直ぐにリハビリ生活を送ってきました。

術後は痛みがあったといいますが、リハビリは概ね順調でした。春先に1度だけ神経症状が出て、2週間程のノースロー期間がありました。立ち上げ直しとなりましたが、 そこからは順調に回復へと向かいました。
7月11日に術後初めてライブBPに登板。久しぶりの対打者への投球も、「やっと投げられるぞ」と楽しんでいました。
見守った川越英隆コーディネーター(投手ファーム統括)も「初めてにしては良かった。コントロールも良いし、テンポも良い」と称えていました。また、「真っ直ぐの軌道からチェンジアップがくる。バッターからしたら、思ったよりズレそう」と特徴を語っていましたが、初登板で奪った初の空振りは、まさにそんなズレを感じさせたような1球でした。

熊谷が語る周囲への感謝
3度のライブBPを重ね、この日の実戦デビューにたどり着きました。割と順調なリハビリ生活でしたが、投球再開後、”感覚が分からなくなった”時期もありました。
「最初は全然大丈夫だったんですけど、3月頃、キャッチボールで結構抜け球が多くて」と明かします。暴投し、それによりキャッチボール相手を走らせてしまう……その申し訳なさから、近距離を投げる感覚に不安を覚えました。
すると、「岩崎(峻典)さんのお陰で治ったんですよ」と笑みを浮かべる熊谷投手。
悩んでいた頃、よく一緒にキャッチボールをしていたのが岩崎投手でした。ボールが逸れても「俺走るの好きだから、全然いいよ」と明るく受け止めてくれたといいます。「岩崎さんがめっちゃ優しい言葉をかけてくれて。そこから気が楽になって、投げられるようになったんです。本当に良かった」と感謝しました。

入団からここまでほとんどの時間をリハビリで過ごしてきたため、様々なことがありました。それでも、「自分で前向きにしていたので」と心を整えて自分と向き合ってきた19歳。
「長かったですね」と振り返りますが、1番キツかったことを問うと、「森山(良二/元リハビリ担当コーチ)さんのノック!」と笑顔で即答しました。
プロの世界で最初にお世話になったコーチとの時間は、この世界で戦うための大切な”土台作り”になりました。「一生走っていました」というハードなノックで、体力と精神力の基礎を築きました。森山コーチは、昨季でホークスを退団しましたが(現在は韓国プロ野球・サムスンライオンズ2軍監督)、今でも見守ってくれる心強い存在です。実戦デビューは、そんな恩師にも嬉しい報告となりました。

大きな一歩を踏み出した熊谷投手。「これからは安定したピッチングをしたいなと思います」と初々しく意気込みを語りました。
素直で真っ直ぐな若き左腕の成長を、楽しみにしています。
