久しぶりの2軍で見せた「圧倒的に逞しくなった姿」──。
怒涛の1年を過ごしながら、進化を続ける”下克上右腕”は、初のポストシーズンへと向かいます。
今季途中の5月、福岡ソフトバンクホークスに入団した小林樹斗投手。2020年ドラフト4位で入団した広島から昨オフ、構想外を伝えられた23歳はその後、独立リーグの四国IL・徳島インディゴソックスでプレーしていました。
すると、5月にホークスから声が掛かり、再びNPBの舞台へと戻ってきました。2軍で試合を重ねながら、7月に支配下登録されると、8月には1軍昇格。移籍後初の1軍マウンドは、広島時代の2022年以来でした。そこから10試合に登板し、0勝0敗1ホールド、防御率3.07。初めてのリーグ優勝を経験しました。
「良い意味で忙しかった」と振り返る今季。目まぐるしい環境の変化の中で、少しずつ自らの場所を見出してきました。

圧倒的に逞しくなった姿
1軍登録ながら、今季2軍で9試合(49回)に登板した小林投手は10月3日、静岡で行われたファーム日本選手権に招集されました。
日本ハムとのファーストステージ。6-3と追いかける展開から9回に同点に追いついたホークス。しかし、その裏、大野稼頭央投手が一死2塁のピンチを背負うと、ベンチは小林投手をマウンドへ送りました。1軍で経験を積んできた右腕に、この場を託したのです。
1点も許されないサヨナラのピンチの場面で、小林投手は打者へと立ち向かいました。1人目の上川畑大悟選手には際どいコースを攻めて、四球を与えました。暴投もあり、一死2、3塁の場面で淺間大基選手。粘り合いとなりましたが、最後は一塁への当たりで三塁走者が生還。サヨナラ負けとなりました。
結果として、勝利に導くことは出来ませんでしたが、奥村政稔2軍投手コーチは、「2軍にいた時の姿より、圧倒的に逞しくなってきているっていうのはすごく感じた」と賛辞の言葉を送りました。

「1軍いったことで、自信つけて帰ってきたなと。『打てるもんなら打ってみろ』みたいな感じだったし、先頭に四球出したけど、顔もひるんでなかった。すぐ切り替えて勝負できていた。技術はそこまで変わっていないのかもしれないけど、成長を感じた」と奥村コーチ。小林投手のマウンド上で”戦う姿”に胸を熱くしていました。
腹を括って腕を振れているのです。小林投手は、「マウンドにいる姿だけで言えば、ファームにいるときとか、1軍に上がってきたばかりのときは、多少結果のことがマウンド上でも頭をよぎったりっていうのはありました」と振り返ります。
そんな時、倉野信次投手コーチが掛けてくれた言葉にハッとさせられたのです。「『とりあえず、腕だけ振っていけ。まずはそれぐらいの気持ちをマウンド上で見せてほしい』っていう言葉をもらってからですかね」と小林投手は、結果を気にしすぎず、目の前の勝負に覚悟を持って挑めるようになったといいます。
「もちろん0で帰ってくるっていうことを目標に毎日やってますけど、その中で自分の持ち味だったり、マウンドであんまり結果結果ってなりすぎてマイナス要素を増やしても、多分いいピッチングできないなと思ったので、今はもうとにかく腕振ることを考えてやっています」
そんな心境の変化が、マウンドでの堂々たる姿に繋がっていたのです。
「1回死んでるんで」…覚悟と感謝を胸に
ここに至るまでに、たくさんの困難を乗り越えてきた小林投手。広島時代、1軍登板はわずか2試合。「まともに野球できていなかった」と度重なる怪我に苦しみました。
プロ2年目に右肘を疲労骨折。保存療法で復帰まで漕ぎ着けましたが、3年目オフに再び同じ箇所を負傷し、今度は手術。「合計したら多分2年ぐらいは野球できていないですね。リハビリ期間が1番しんどかった」と振り返りました。4年目オフには育成選手として再契約。5年目オフには、2年連続での戦力外通告──。
再起を目指した徳島でも、「移籍したい思いで毎日やっていましたけど、それもタイミングだったりっていうのももちろんあるので、いろんな不安はあったかなと思います」と精神的にも様々な壁を乗り越えてきました。
だからこそ、「逆に言えば、何も失うものがないじゃないですか。こうやって、投げられていることの喜びだったり、感謝の方が大きいので。1回死んでるんで。そういう気持ちはありますね」と小林投手。

静かに語りましたが、心に秘める熱いものが滲みました。ここからは、初めて経験するポストシーズンへ。覚悟を胸に、チームのCS突破、日本一に貢献するべく虎視眈々とチャンスを狙います。
