楽しみな素材型左腕がベールを脱ぎました。
育成2年目の河野伸一朗投手が、10月14日の3軍戦で、プロ入り後初登板しました。
2024年育成ドラフト5位で宮崎学園から入団した190cmの長身左腕。高校2年の夏には、同校を春夏通じて初の甲子園に導く活躍を見せましたが、その後は怪我に苦しみ、高2の秋を最後にマウンドから遠ざかっていました。高いポテンシャルを評価され、育成で福岡ソフトバンクホークスに入団。しかし、プロ1年目の4月に左肘のトミー・ジョン手術。一度も投げることなく、プロ生活はリハビリから始まりました。
そんな河野投手にとって、ようやくたどり着いた”プロ初登板”は、約3年ぶりの実戦でした。
朝から緊張した面持ちで迎えたこの日。今季の3軍最終戦となったサムスン・ライオンズ戦で、8点リードの8回にマウンドに上がりました。
先頭打者に対しては、146キロの直球で打ち取った当たりでしたが、これが中前打に。2人目からは走者を背負いながらの投球になるも、2者続けて中飛。そして、最後の打者からは”初三振”を奪い、自己最速148キロもマーク。1回1安打無失点の上々デビューとなりました。




河野投手は、「思っていたより楽しかったなっていう感じでした。結構緊張するかなと思ったんですよ。そしたら、なんか楽しくて。もうちょっと投げたかったなっていう気持ちになりました」と笑みを浮かべました。
何より手応えを感じたのは、3年ぶりに奪った三振。「久しぶりに三振取って、気持ちが良いな、まだ投げたいなと思いました」と懐かしい感触を噛み締めました。
その三振を奪う直前の1球で、自己最速となる148キロをマーク。高校時代は最速145キロを計測したことがあるものの、「実際には140キロくらい」と語っていた河野投手。怪我明けの3年ぶりマウンドで、それを大きく更新する148キロは、”努力の証”でした。「そんなに出るとは思わなかった。自分が思っている以上のボールは投げられたんじゃないかな。今日は楽しんでいいよって周りに言われていたので、楽しんだ結果、そうなりました」と嬉しそうに語りました。

家族が見守る中、踏み出した大きな一歩
ホークスのユニフォームで初めてマウンドに立つ姿を見届けようと、宮崎から家族が応援に駆け付けました。
母・知里さんは、河野投手がマウンドへ向かう姿が見えた瞬間から号泣だったといいます。
「なかなか投げられなくて、ここまでいろいろと辛かったと思います。まずはこの日を迎えられて良かった。デビュー戦にしては、良かったのではないでしょうか。これからなので、上を目指して頑張って欲しい」と息子を労いました。
試合後に「勝利の若鷹スピーチ」でマイクを持った河野投手は、丁寧に感謝の言葉を紡ぎました。
「自分は今日の試合が初登板で、この2年間なかなか投げることが出来なかったですけど、監督コーチはじめ、スタッフの皆さんに支えてもらいながら、今日投げることができました。自分はここがスタートだと思っているので、これからも応援のほど、よろしくお願いします」

知里さんは、「あんなコメントが出るなんて…もう、あの頃の伸一朗じゃない」と周囲への感謝をしっかりと語る息子の姿に感激していました。
知里さんが明かすエピソードがあります。
8年前、小学6年生だった伸一朗少年は、『みやざきスペシャルDAYS』で福岡 ヤフオク!ドーム(当時)を訪れ、柳田悠岐選手とのキャッチボールに当選。その時に受けた取材で、「6年後、ここに戻ってきます」と答えたといいます。
6年後の2024年、育成ドラフトで指名を受けて、本当にホークスの一員となりました。そして、そんな少年が今日、プロの世界でようやくスタートラインに立ったのです。
家族に見守られながら踏み出した、大きな一歩。8年前の”誓い”のような大きな目標を胸に、ここから大きく羽ばたく姿を見せてくれるはずです。
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